陸軍成増飛行場跡

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陸軍成増飛行場跡(りくぐんなりますひこうじょうあと)は東京都練馬区にあった陸軍飛行場である。

概要

1942年(昭和17年)4月18日のドーリットル空襲により、東京防衛防空のために飛行場として急遽、建設が計画された。田柄・土支田・高松の人々は、先祖伝来の水田や、麦・大根・甘薯などの畑を手放した。1942年(昭和17)年から測量が開始され、1943年8月には工事開始、昼夜交替制の一日延3,000人が就労する突貫工事により、わずか4ヶ月で完成した。南北に延びる1,800mの滑走路が造られた。飛行場当時燃料や弾薬などを運び込むための鉄道が、東武東上線上板橋駅から引込み線があった。

戦後

1947(昭和22)年、「成増飛行場」はGHQ(連合国軍)に接収され、米国の第18代大統領グラント将軍の名に因んで「グラントハイツ」と命名され駐留米軍のための宿舎となった。1955年(昭和30)年後半になると宿舎に居住する米国軍の人たちが帰国や移転して、ハイツ内は空洞化したため、1973年に日本に返還され、大規模団地「光が丘パークタウン」として造成された。