ポルノグラフィティ

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ポルノグラフィティ (Porno Graffitti) は、岡野昭仁新藤晴一の2人からなる日本のロックバンド。所属事務所アミューズ、所属レコード会社はエスエムイーレコーズ音楽プロデューサー本間昭光(ak.homma)と田村充義。2004年7月まではTamaを含めた3人組であった。

略称は「ポルノ」「PG」「ポルグラ」など。また、かつては岡野昭仁は「アキヒト」、新藤晴一は「ハルイチ」、Tamaは「シラタマ」の名で活動していた。

なお、"ポルノグラフィティ"という名前は大阪時代、周りのバンドに負けないインパクトのある名前にするために、エクストリームの2作目のアルバム名から取ったものである。グラフィティの正しいつづりは graffiti であるが、元のアルバムの名称に従ってバンド名も graffitti になっている。

概要

全員広島県因島市(現・尾道市)出身。

ポルノグラフィティの原点は、新藤が中心となって因島高校で結成したNO SCOREというバンドである。バンド名は当時のドラマーが「わしはスコア見なくても叩けるで!」と言ったことから由来している。結成時は新藤と新藤の従兄弟からなるバンドで、ここに新藤に誘われた岡野、白玉(Tama)が加わっていく。当初は新藤がヴォーカルパートを担当していたが、岡野をコーラスとしてスカウトしたところ、岡野の方が歌が上手かったのでヴォーカルパートを岡野に譲り、自身はギターパート担当となった。

1994年頃から「ポルノグラフィティ」として、大阪でライブを中心に活動を開始。1997年のSDオーディションで合格したのち上京。1999年、アキヒトハルイチシラタマの3人で『アポロ』をリリースしてメジャーデビュー。それぞれの長所を発揮しヒットを重ね確実にファンを増やしてきたが、デビュー5周年を迎える直前の2004年6月にTamaがソロ活動を開始するため脱退を表明。直後に発売されたベストアルバムが3人体制のラストアルバムとなり、その後現在の2ピースバンド形態となった。以後マスコミなどに「2人組ユニット」として紹介されることも少なくないが、本人達はバンドだと主張している[1]

Tamaが抜けて2人体制でリスタートした際に「新たな“ポルノグラフィティ”の確立」を目標とし[2]、また2006年のキーワードを「再生」とするなど、現在では既存またはそれまでのポルノグラフィティに留まらず常に進化し続けようと活動している。

出身地因島市で島内の小学校をまわり、無料ライブを開いたこともある。他にも広島弁での「アポロ」をTV番組で披露したり、ライブで広島弁を使うなど、広島県への愛が感じられる。その他、因島に実在する地名を意識して書いたと思われる歌詞もいくつかある(「Aokage」「狼」など)。地元の小学校も、合唱で「愛が呼ぶほうへ」を唄うところもあり、因島との関係は特に深い。

主に作詞は岡野と新藤が手掛け、作曲編曲はプロデューサーの本間[3]を加えた3人(Tama在籍時は4人)が手掛けている。

来歴

主な活動

ラジオ

書籍

  • ワイラノクロニクル - ポルノグラフィティ結成からシングル「サボテン」までの経緯と、メンバーの素顔、メンバーが子どもの頃のエピソードなどについて、詳細に書かれた本。
  • Real Days - ポルノグラフィティ6thライヴサーキット“74ers”のツアー・ドキュメント・ブック。“74ers”の打ち合わせの模様、リハーサル、メンバーへの個人インタビューなど、ライヴが創られていく過程が詳しく書かれている。
  • 自宅にて - 新藤が以前音楽雑誌「PATI・PATI」にて連載していたものを単行本化した本。本人が9月に行ったブータンの旅行記も追加されている。

その他の活動

バンド

罪と罰
BITTER SWEET MUSIC BIZツアー中のSpecial Live House公演、BITTER SWEET MUSIC BIZの東京公演(30日のみ)の際に前座をつとめた、メンバーによるパートチェンジバンド。新藤ガナリ(ボーカル&ベース:新藤)、キャノンボール(ギター:Tama)、桂三枝(ドラムス:岡野)からなる。
再結成については「キャノンボール (Tama) がやるっていえば(また)やる」とのこと。しかし、2004年にTamaが脱退したため、もう1度見るのは難しいと思われる。
サトイモトイモ
2005年11月8日、江坂MUSEでライブを行った際のバンド名。メンバーの希望により、ライブハウスでの演奏が実現した。ただし、ライブハウス等に迷惑をかけてしまう可能性を考慮し、事前発表はされず、事後報告となった。メンバー自らがチケットの販売、機材の持ち込みなども行った。インディーズ時代を意識し、オープニングナンバー (Jazz up) はインディーズの頃と全く同じように始めた。サポートメンバーであるnang-changが命名した時のバンド名は「ヤマイモマイモ」だったがいつのまにか「サトイモトイモ」に変わってしまったといわれる。


呼称

アポログラフィティ
デビューからおよそ1年近く間違って認識されていたバンド名。自身のデビュー曲「アポロ」のインパクトが強すぎたためか、「ポルノグラフィティ」と「アポロ」が混同し間違って認識されてしまったものである(音楽番組のMC、アナウンサーですら、誤認していた人もいるほど)。なお、この誤認は「ミュージック・アワー」がポカリスエットのCMテーマに起用されて以降は徐々に払拭され、「ミュージック・アワー」、「サウダージ」リリース後には、アポログラフィティと呼ばれることはなくなった。なお、メンバーが当時のことを振り返る際、「まだアポログラフィティだった頃は」などと皮肉のために用いることがある。
ポルノ
単純に「ポルノ」が正式なバンド名と誤解されたことがある。なお、アポログラフィティとは違い、こちらは公式に使用されている呼称であり、現在では略称・愛称として認識・定着している。また、メンバーもトークやLIVE中にたびたび使用しておりまた観客もアンコール時には「ポルノ」である。ちなみに、2006年のLIVE「横浜ロマンスポルノ'06 〜キャッチ ザ ハネウマ〜では、この呼称が『ミュージック・アワー』の間奏に用いられている。」(DVD化された際にも収録されている
しかしながら「ポルノ=猥褻なこと」という誤解を受けることもあるため、「ポルノ」と呼ぶことや「ポルノグラフィティ」のポルノを付けるのを躊躇して「グラフィティ」と呼ぶ人もいる。
ポルノ・グラフティー
ネット上で同バンドの事を深く知らない人やバンド名の発音だけで認識した人がこの様に表記してしまい、よく指摘される誤称である。ポルノグラフィティーポルノグラフティ等、語末に無用な長音符を付けてしまったり、ポルノグラィの間のを省略してしまうケースもある。
ちなみにこれを逆手に取った、『ワールド☆サタデーグラフティ』という曲がある。スタッフを試そうと、わざと「グラフティ」にしたと晴一は語っている。
第58回NHK紅白歌合戦笑福亭鶴瓶はそのことをネタとして語り、ポルノグラ『フィ』ティと強調し曲紹介をした。

交友関係

  • 本間昭光(ak.homma) - メジャーデビュー後のプロデューサーで、作曲家編曲家。数々のヒット曲の作曲も手掛ける。
  • スガシカオ - 「限界ポルノラジオ」時代から、昭仁は「スガさんは僕のアイドル」と話し、ギターで弾き語りなどを行っていた。ライブでも、スガシカオのファンだと告白。スガ側は、大阪城ホールでのイベントライブ(FM802の番組ライブイベント「ROCK KIDS 802 SPECIAL LIVE -REQUESTAGE 2-」)で共に出演した際「ポルノって人気あるんですねえ」と、他人事のように話していたが、その後の『僕らの音楽』で、スガシカオ作詞・作曲の『黄金の月』をコラボとして歌う。昭仁のラジオに、2回ゲストとして出演した。
  • aiko - ラジオ番組をきっかけに、ポルノグラフィティと「じゃけん4兄妹」を結成。お互いのライブに行くなど、インディーズ時代からの仲。お互いのアルバムのスペシャルサンクスには、ポルノ側には「aiko」、aiko側には「porno graffitti」と、記載されている。
  • 西川貴教 - ポルノが尊敬しているミュージシャンの一人。デビューが、T.M.Revolutionの方が先だった。西川に「レコーディングは好きですか」「10年間で歌いたくないと思った瞬間はありましたか」等と、質問したことがある。
  • 東ちづる - 因島出身の先輩。岡野と新藤にとって、広島県立因島高等学校の先輩でもある。2005年11月の因島ライブには、コメントを送った。
  • 村上ショージ - 因島に移り住んだことがあり、岡野と新藤には事実上、広島県立因島高等学校の先輩でもある。「HEY!HEY!HEY!」に出演した時は、メッセージを送った。
  • 亀田誠治 - シングル『ハネウマライダー』の全収録曲のベースを担当。
  • 北原哲夫 - ポルノのスタイリスト。シスターのCDジャケット撮影も手掛ける。
  • 京本政樹 - デビュー間もない頃、3人それぞれに革ジャンを作ってプレゼントしてくれた。
  • KinKi Kids - TVでの共演が多く、プライベートでは2人とも親交がある。
  • 加藤晴彦 - 年齢が近く、野球好きで、共に地元球団をこよなく愛しているということで、ライブ「横浜ロマンスポルノ」のガイドブックにて、対談を行った。
  • 関本賢太郎 - 阪神タイガース内野手。ポルノが、2005年からの入場テーマ曲を編集・提供した。
  • Buzy - 女性6人組ダンスボーカルグループ(現在、解散)。デビューシングル以降現在まで、新藤が詞を、本間が曲を提供している。メンバーの當山奈央は、新藤と2004年富士登山をした仲。
  • 福山雅治 - アミューズの大先輩。ライブの為に、貴重なギターを貸してくれるなど、非常にお世話になっている。「オールナイトニッポン」に自身の番組後に出演。
  • サザンオールスターズ - 福山と同じく、アミューズの大先輩。デビューの時に「サザンと同じ事務所に入りたい」と言ったとされているほどのファンであり、2006年には、桑田佳祐の呼びかけで行われた「THE 夢人島 Fes.2006」に参加した。
  • 藤田二郎 - ペインティングアーティスト、FJD(Fujita Jiro Design)代表。シングル「ネオメロドラマティック/ROLL」「NaNaNa サマーガール」のジャケットと7thライブサーキット「SWITCH」のツアーTシャツのイラストを手がけた。
  • 吉俣良(Ryo) - アポロのc/w曲『ロマンチスト・エゴイスト』の作曲者。この曲以外にも3、-4曲作ってもらったが、音源化には至っていない。
  • WAGE - お笑いグループ(現在、解散)。アミューズの後輩で、桜ヶ丘クロゴスのメンバーでもある。「カフェイン11」にも度々ゲストとして出演している。
  • ONE OK ROCK - 事務所の後輩アーティスト。昭仁と晴一のラジオにもゲスト出演した。昭仁とは釣りに行く約束もした。
  • Perfume - 事務所の後輩アーティストで、同じ広島県出身。昭仁と晴一のラジオにもゲスト出演した。新藤の意向により24thシングル『痛い立ち位置』のPVにも登場している。
  • 小島よしお - 桜ヶ丘クロゴスの後輩。元WAGEのメンバーである。
  • 藤木直人 - 晴一が、曲の詞を提供。
  • 平岡祐太 - 事務所の後輩俳優で、晴一と仲がいい。昭仁のラジオにも出演した。
  • 斉藤祥太斉藤慶太 - プライベートで仲が良く、コメントで共演した。
  • 田辺哲男 - 昭仁の趣味であるバスフィッシングの第一人者であり、共に釣行することもある。田辺曰く、「やはりアーティストの突っ込み度合いは尋常ではなく、どんどん上手くなっている」とのこと。昭仁は、田辺プロデュースのバスロッド、ロードランナー使いである。
  • つるの剛士 -釣りが趣味という共通点があり、昭仁のラジオにもゲスト出演した。自身を『つるのグラフィティ』と名乗りテレビ番組にも出演した。

関連項目

脚注

  1. 実際、「2人組バンド」としてB'zLOVE PSYCHEDELICOmilktubなども存在する。
  2. 実際、2005年ライブツアー終了後に「もう『2人での〜』という言葉は使わない」と公言している。
  3. プロデューサーの本間は1999年のメジャーデビュー以来、すべての楽曲の編曲に携わっている(ただし、名義違い含む)。
  4. シングル「愛が呼ぶほうへ」や、アルバム「m-CABI」発売時などに数回復活放送をしている。

外部リンク

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